いつからカカオは貧困の象徴になってしまったのだろうか。
『The Taste of Nature 世界で一番おいしいチョコレートの作り方』を観た。
中目黒の「green bean to bar chocolate」の代表・安達健之氏が、中南米にカカオを求めて旅するドキュメンタリー映画だ。
green bean to bar chocolateには個人的に少し思い入れがある。
このショコラトリーの母体となるのはビジョナリー・アーツという専門学校で、立花商店が主催したグレイ・ゴートン氏のセミナーに参加したのが、おそらくBean to Barをちゃんと学んだ最初の一歩だった。それをきっかけにして多くのチョコ仲間ができた。
green bean to bar chocolateのオープニングパーティーにも招待いただき、チョコレート鑑定家のクロエさん、ベネズエラのカカオ大使・マリアさん、ハーバード大学教授のカーラさんとも出会うことができた。
しかしそれからお店の中の人も随分と入れ替わり、知り合いは少なくなってしまった。
映画はなぜ安達氏がBean to Bar チョコレートに興味を持ち、green bean to bar chocolateを始めようと思ったかが語られる。
そしてまだ誰も食べたことのないチョコレートを目指してと、中南米のカカオを巡る旅が始まる。
ペルー・ピウラ地方のホワイトカカオを使用したタブレット、「ナティーボ・ブランコ」で世界的な賞も受賞した。
次に目指すところは、ボリビアの野生のカカオの森。
日本からボリビアまで26時間の飛行機の旅。その後、野生のカカオの森までは、車、バイク、徒歩で2日以上かけて向かう。雨季のその地方の道は、バイクのタイヤが沈むぬかるみの道を4時間。そして長い地球の歴史の中で一瞬だけ道と呼ぶことができる獣道を進む。
ジャングルの中に、野生のカカオの森は存在する。
小ぶりのカカオ。その実はずっしりと重く、フルーティーな味わいだという。
安達氏はこの野生のカカオでチョコレートを作るために、現地のパートナーを見つけようとする。
しかし村人の反応は悪い。
まず、運ぶための道がない。もし運んだとしてもそれはとても高額になるだろう。
そしてボリビアではコカが合法だ。カカオの森へと運んでくれたバイカーたちは常にコカを口にしていた。眠気覚ましだという。
コカはカカオの4倍の価格で取引される。
村人はまず道の整備など環境の整備を嘆願する。
安達氏は「そういうことじゃない」と声を漏らす。
ボリビアのこの村にも、NGO団体が入り、チョコレートを作るための工場と設備が作られた。しかし機械を動かすための高額な電気料もかさみ、閉鎖に追い込まれていた。
クロエさんは言う。
「カカオ農家を救おうとするいくつものプロジェクトを見てきたが、成功例は見たことがない。」
安達氏は、この工場でも働いていたカカオ農家のアブラハムさんの真面目さを買い、彼をリーダーにして、品質の良いカカオの生産を目指そうとする。
工場の創設の際に、彼は3000本のカカオの苗木を提供され、それを育てていた。
彼のカカオ農園に行ってみると、カカオの森と同じようなジャングルだった。
「農園じゃないよね」ともらす安達氏。
発酵は収穫したカカオ豆を袋に入れて軒下につるすだけ。
乾燥は家畜が歩き回る庭先でシートの上に広げただけ。
アブラハムさんをブラジルのTree to Barを行っているカカオ農園に連れていき、カカオの発酵、乾燥の課程を学ばせる。
村人を集め、品質の高いカカオを生産できるのは皆さんだ、品質の高いカカオができたら全部買い取るからと熱弁をふるう。
持続可能な……
私は観る気を失ってしまっていた。
パートナーとは対等な立場ではないのか。
良質なカカオができるまでの時間、設備は、村人に全部負担させるのか。
良質なカカオができたらというが、良質なカカオかどうか、買い取る/買い取らないは誰がどう判断するのか。
僕たちの知識や経験を…というが、今それが役立つ状態ではないことは明らかだ。
そして本当に彼らが貧しさから抜けられるように考えるなら、カカオ豆を買い取るだけよりも、そこからチョコレートにするまでを目指すのではないだろうか。その方が現地にお金を落とせる。
カカオの生産量は、コートジボワール、ガーナの二大生産国を代表に、アフリカで約半数以上を占めている。植民地として無理やりカカオを作らされた地域だ。大事な輸出品は国がすべて買い取っている。
しかし、カカオ豆の市場価格はこの30年で約1/4ほどまで落ち込んだ。
この極端に落ち込んだ価格を解消しようとする動きはある。
カカオ生産量で世界第1位と2位のコートジボアールとガーナは、2020/2021シーズンから、カカオの最低価格を設定し取引している。これらの国ではカカオを農家から政府が買い取り、農家所得適正化のための補償(Living Income Differential:LID)を設定し、カカオ豆輸出価格は、「ロンドンの先物相場+国別の品質保証に対するプレミアム+LID」で決定されることになった。しかしコロナ禍でこれは正常に機能していない。カカオ豆の供給超過で価格も下がっているのが実情だ。
欧米を中心とした大手のチョコレートメーカーは、カカオ産業の課題を解決するため、2025 年まで使用するすべてのカカオ原料を“トレイサブル(追跡可能)”で、“サステナブル”なカカオにすることを目標に掲げている。
サステナブルなカカオとは、いわゆるフェアトレード認証や、レインフォレスト認証などの認証カカオにプレミアム価格を付けて販売するというものだが、これは認証をとるのにお金がかかり、一農家が可能なものではない。この規定に当てはまるものでも、その認証を付けずに販売しているものが多いのはそのためだ。
2000年代にアメリカを中心として起こったBean to Barムーブメントは、チョコレート産業のごく一部でしかない。しかしこのムーブメントは、チョコレートの原料であるカカオとその品質に注目させるという意味で意味のあることであったと思う。
良いカカオは多くのショコラティエに求められる。
独特の華やかな風味を持つエクアドルのカカオ。
カカオ生産国として長らく第3位だったインドネシアを2015/2016に抜き、現在は世界で第3位の生産国となっている。
品質の高いカカオは、ペルー、エクアドル、コロンビアなど中南米が中心。ここはカカオの発祥の地であり、もともとカカオを飲む習慣のある地域だ。チョコレートの味を知らない人たちではない。そしてこのエリアには、カカオの生産に対する政府の援助もある。
コカ撲滅のため。
コーヒーと同様に国の輸出品とするため。
北米で起こったBean to Barムーブメントにとっても、中南米は距離が近く、良質なカカオが手に入り、個人間でも取引が可能な、都合の良いカカオ産地だったといえる。
おいしいチョコレートになるカカオ産地として消費者からも注目も集まった。
いくつかの品質の高いカカオを生産できる農園、農家は少し潤ったかもしれない。
しかし、ボリビアは、内陸開発途上国。
国土が海から隔絶され、国際市場への距離や物流コスト等の経済社会発展上の制約を抱え、地勢的に開発に不利な途上国と認定されている。つまり地理的な距離と物流の手段がないことが現在の貧困の原因とされている。
品質の良いカカオがあれば、彼らが豊かになるわけではない。
誰がそこまで買いに来てくれるのか。
全部買い取るというが、誰がどう運ぶのか。
運ぶための、売るための、インフラがまだないのだ。問題はまだカカオの品質を問えるところまで来ていない。
あぁ、これがいくつものプロジェクトが失敗している理由か。
確かに良いカカオを作るための教育は、貧困を抜け出すための方法のひとつかもしれない。
でも良いカカオができる保障はないし、たとえ良いカカオを作ったとしても、それを買ってくれる人がいなければ売れない。売るための市場へ行く道もなければ、買いに来てくれる人もいないのだ。
時々買いに来てくれる人はいるかもしれない。でも時々ではカカオ農家の生活を保障はできない。
今、目の前の生活を少しでも良くしてほしいと思うことは当然ではないだろうか。
数年前、私もカカオはコーヒーの後を追っていると思っていた。
カカオもコーヒーのように豆の品評会を開き、品質の良いカカオ豆を高く買うシステムにしたらどうなのか?
と無邪気に質問した私に現地の現実を知る彼女はこう答えた。
「今それをすると、品質の良いカカオを作れるお金のあるカカオ農家さんは潤うけれど、お金のない大半のカカオ農家さんが死んでしまうのです」
おいしいチョコレートは食べたい。
だけど、まだその時は来ていない。
Amazon primeで観ることができます。こちらから。
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